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ぞうブロ

サラリーマンエンジニア象の、本格エッセイという名の妄想寝言ブログ。

英語を再勉強するぞ。あの日ポルシェのお姉さんが教えてくれたこと。

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久しぶりに、仕事で英語を使う機会があった。図面の注記の英訳。ISOの原文を読む仕事。

そして愕然とした。読めない。書けない。簡単な単語や文法すら、思い出せない。the same~as...みたいな中学生レベルの構文すら忘れていた。同僚に指摘され、思わず赤面した。

かつての自分は、英語を駆使し、世界を飛び回って活躍するエンジニアを、夢見ていた。そう思って、学生時代、少しだけど英語を勉強していた。はずだった。

 

 

言い訳ばかりで楽な方向に流され続ける社会人。

しかし、自動車部品メーカーに新卒で入った私は、会社では英語や勉強よりも、もっと別の能力が求められることを知った。

要領よく仕事を捌く力。ホウレンソウ。コミュニケーション力。フットワークの軽さ。誰に付くか、誰を味方にするか。いかに敵を作らないか。夜の付き合い。

エンジニアである以上、技術を勉強していないと話にならない。だけど新入社員時は、毎日、応援という名のライン作業や、親睦会という名の組合の謎イベント、付き合いという名の飲み会に忙殺された。

英語を勉強している技術職の人間なんて、周りにはいなかった。いつまでも突っ張ってないで、自分もこの組織に染まらないといけないんだ。今更英語なんてやっても意味ない。TOEICなんて昇進に必要な点数さえあればいい。何より、英語が出来ても、給料は上がらない。

 

そう言い訳をし、あっさりと楽な方へ流れた。英語を使ったのは、同期とカラオケに行ったときにみんなモノマネして歌った「We are the World」だけだった。

 

海外赴任、海外出張はもちろんしたい。それが当初の夢だった。でも英語だけじゃいけない。仕事ができないと。上司に気に入られないと。ポストが運よく空かないと。運よくアメリカに行けたのは、入社5年目。炎上案件の火消し。期間は1か月弱だった。ようやく小さな夢が叶い、嬉しかったけど、まだまだ物足りなかった。帰りの飛行機ではやる気に満ち溢れていたが、日本に帰った途端、いつもの日常に戻ってしまった。

 

時が経ち、英語を勉強しないといけないという焦燥感すら、忘れてしまっていた。今度こそ世界で活躍できるエンジニアを目指そう。そう意気込み、今の会社に転職した。

しかし待っていたのは、全く未体験の機械設計。異業種への転職で、あまりにも分からないことだらけ。日々必死で、英語を勉強する余裕などなかった。

 

ポルシェ乗りのお姉さんがくれたチャンス。

そんな中、一度だけ、外資系のメーカーの中途採用面接に応募したことがあった。

前職で付き合いのあった外資系大手の化学メーカー。前職の自動車部品メーカー時代、技術営業担当だったバリバリのキャリアウーマンと、ひょんなことから仲良くなったのがきっかけだった。

その会社の材料を検討でたくさん使っていたし、採用もした。彼女が同じ大学・学部・学科の数歳先輩だったのも大きかった。

今思うと、彼女は私に好意を持ってくれていたのかもしれない。前職を辞めるとき、彼女はわざわざ、名古屋の高級おばんざい屋さんで、二人きりの転職祝いをしてくれた。素直に嬉しかった。

 

転職してから一年がたったころ。彼女が仕事で大阪に来ていたので、サシで飲みに行った。私も彼女も独身だった。

彼女はさらにパワーアップし、肉食系のスーパーキャリアウーマンになっていた。年収は余裕で1千万超え。最近買った愛車のポルシェカレラで、週末は都内を疾走してるらしい。元々、仕事は恐ろしいほどできた。もちろん英語はペラペラだった。

そんな彼女と久々に会い、積もる話は尽きなかった。懐かし話や仕事の愚痴なども絡み、お互い、かなり飲んでいた。

今の会社から脱出したい、やっぱり機械より化学がいいと、思わずそうこぼした。

すると、ワインを飲みまくりほろ酔いの彼女は、私の目をじっと見て言った。

「じゃあ、ウチに来る?」

そして、私の膝に手を置き、潤んだ瞳で私を見つめてきた。

「私がボスに言っといてあげる。」

私は思わず手を握った。彼女は私の肩に身を委ねてきた。

「キミと一緒に仕事ができると、楽しそうだね」

彼女のことは正直、タイプではなかった。でも、転職できるなら、いや、養ってもらえるなら、彼女に抱かれてもいい。そう私は覚悟を決めた。

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#ポルシェブース hashtag on Twitter

 

そして面接当日。花の都大東京。

「大丈夫、英語は最初の挨拶だけだから。」その言葉を真に受け、本当に挨拶しか準備していかなかった私は、今思うと馬鹿の極みだった。

ビジネスの面接における挨拶とは、これまでの仕事内容やこの会社で何をやりたいかを、英語で流暢かつ簡潔に語ることだった。

言葉に詰まり、気まずい時間が流れ、もはや言葉すら忘れた乙事主のように、私はうめくしかできなかった。

その後日本語に切り替わり、マーケティングの質問やら色々聞かれたけど、もはや心は折れていた。

 

もちろん、落ちた。

「お疲れ様。泣かなかっただけエライよ」と、彼女は慰めてくれた。それが余計に惨めだった。

あれ以来、彼女には会ってない。一年後、結婚したよというメールが来たくらい。

ちくしょう。あのとき抱かれておけばよかった。

 

普段から準備しておかないと、いざチャンスが来たときに、それを掴めない。

それが、できる人とできない人との差だ。

そう、痛感した。

 

そんな経験をしたにも関わらず、日常に戻った途端、英語を勉強することはなかった。どうせ今更勉強しても、意味ないんだ。そのひねくれた思いは、ますます強くなった。

仕事はほとんどが国内向けになり、英語を使う機会は、ほぼゼロになった。数年が経ち、かつてあれほどなりたくなかった、夢も目標もなく酒に溺れるサラリーマンの姿に、私はほぼなってしまっていた。

 

おわりに。とにかくやってみよう。

このままでは…ダメだ!私は決心した。

今からでもいい。せめて日常会話くらいでも、英語を話せるようになっていないと、永遠にチャンスなんて来ない。

TOEICで900点を目指すのもいいだろう。しかしTOEICの点数を上げるのが目的ではない。基本は大切だ。そもそも今のメンタルだと、到底続けられない。

 

こうなったら、先行投資だ。駅前留学。skypeのフィリピン人講座。大好きな007の映画を英語で観まくる。HUBで出会った外国人に手当たり次第に講師をお願いする。マッチングアプリで外国人に交際を申し込む。

いや。もう一度、あの彼女に、連絡を取ってみようか。元気にしてるのかな。

 

やり方は、たくさんある。もう、今更無駄なんて言わない。とりあえず、一歩でも始めるんだ。そしてもう一度、海外で活躍できるよう、今からでも頑張ろう。とにかくやってみよう。Let's try anyway. 英語をマスターして、世界を広げるんだ。そして彼女のカレラに乗せてもらおう。

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