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ぞうブロ

サラリーマンエンジニア象の、本格エッセイという名の妄想寝言。

フミコフミオさんの「ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。」を読みました。

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お気に入りのブロガーさんのひとりである、フミコフミオさんの著書「ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。」を読みました。

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まず、タイトルが長い。そして装丁がシンプル。しかし全文を読み終えてから、改めてタイトルを眺めると、込められた想いが分かる気がします。本文の内容と空気感にしっくりくるのは、この言葉とデザインなのです。

そしてこのボリュームを全てガラケーで書いたと聞き、ただただ仰天です。指にブログマメできそう。

 

いつものフミコフミオ氏のブログよりは、ちょっと長めの記事。ブログ同様、数日で一記事ずつ、ちょくちょく読んでいこうと思っていました。寝る前。移動時。

 

それでも十分面白いのですが、真にこの本の内容が身に染みたのは、自分がちょっと弱ったときでした。

 

仕事のストレスで目眩を発症し会社を早退した、ある平日の昼下がり。

公園の池のほとりでベンチに腰掛け、陽の光を浴び、ひたすらぼーーーっとする。頭がグラグラする。動けない。今だけはスマホもドラクエウォークも見たくない。

俺はこの先どうなってしまうのだろう、仕事辞めたいな、働きたくない、でも働かざるもの食うべからず、家では家族が私のなけなしの給料を待っている、ああ一体どうすればいいんだ。

そんな不安な気持ちを抱きながら、思わず手に取ったのは、この本でした。

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あるいは、家族旅行で白浜のリゾートホテルに宿泊した時。

嫁さん子供の不在の隙に、一人海風に吹かれ、今だけは仕事のことを考えないようにしよう、日々会社という戦場で戦う男たちにも、つかの間の休息が必要なのだ、というかこの旅行が、広末涼子とのお忍び禁断不倫旅行だったらもっと楽しいのに、

そんなことを思いながら、ふと手に取ったのは、この本でした。

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あるいは、ぼーっと海を見ながら。

仕事もあり、結婚して、子供ができて、幸せのはずなのに、なぜ毎日こんなにつらく苦しく大変なんだ、本当に幸せなんだろうか。幸せとは、人生とは一体、何なんだろうか、この先もこのままでいいんだろうか。これが俺の望んだ人生なんだろうか。俺は何をすべきなんだろうか。

そんなことを思いながら、手に取ったのは、やはりこの本でした。

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結局、あっという間に読破してしまいました。ちなみに目眩は治りました。

もちろん、いつ読んでも面白い。

毒を含みつつも、独特のスマートな色気があり、知的(痴的?)で優しい文章たち。

 

目をギラつかせたスーツ姿の伊勢谷友介に「オラオラ頑張れ気合を入れろ!」とお尻をバシバシ叩かれるのでもなければ、

突然フェラーリを運転させられ、同乗する道端三姉妹に「私たちを120%満足させるデートをプラニングしなさい、そうすれば今夜私たちはあなたのものよ」と耳打ちされるわけでもない。

 

場末の居酒屋で、いわば普通のおじさんに、大丈夫、皆同じなんだよ、ぼちぼちやれることをやっていこうよと、頭、肩、もしくは尻を、ポンっと叩かれる感覚。

 

私にはそっちの嗜好はないけど、なんだかほっとします。それはまさに、あとがきで書かれている通りだと思います。

この本は厳しい現代を生きるあなたを見守る背後霊である。決して、ピンチのときにパパーンと現れて敵を北斗百裂拳で退治するような、みんなのヒーローではない。負けているときにふっとあなたの後ろに現れ、「負けたっていいんだよ」と死んだ祖母の声でささやくような背後霊の本である。勝っているときは、「勝って兜の緒を締めよ」と死んだ祖父の声で戒めるような本である。つらいときや、イキっているときにこの本に収められたエッセイをちょっと思い出して、「そういえば、あの本の著者は負けてばかりのバカだけどバカなりに45年も生きてきたんだ。ならば私にだってできる」と明るく笑っていただければ嬉しい。

死んだ祖母の声でささやく背後霊。とても的確な表現、さすがです。清涼剤というほど爽やかじゃなく、背後霊というほど恐ろしくない。控えめだけど温かい感じがいいです。

 

内容ですけど、ブログ同様、仕事論や家庭論などのエッセイが、文字ばかりなのに読みやすく中毒性のある、いつものフミコフミオ節で語られています。新キャラや奥様だけでなく、部長や必要悪君など、往年の名(迷)キャラも少しだけ登場します。

 

私の語彙力表現力が乏しすぎて、うまく伝えられず歯痒いですが、まあとにかく一言で言うと、癒されます。そして面白いです。

 

凄いと思うのは、文章力や語彙力だけではありません。

ネタの選定や着想。そして何より、例え、皮肉、主張、時事ネタ、キャラ設定など、文章を構成するそれらの要素のバランス感覚が抜群だと思うのです。

 

言い過ぎず熱苦しすぎず、控えめに。しかし的確なタイミングと切れ味鋭い言葉で、ズバッと一言物申す。だから爽快だし、面白い。その辺は、さすがだなあと、感心させられてしまいます。

私なんかが今さら言うまでもないことですけどね。

 

よく氏のブログには「所要時間〇〇分」と書かれていますが、あれはあくまで文字入力の時間だと思ってます。それに至るまでの、ネタの着想選定、文章の構成、言葉のチョイス等。氏がこの本で述べている「水面下でのバタ足」は、きっと質量ともに、凄いんだろうなと思います。

 

プラス、好きであること。でないとこんな文章は書けません。もし好きでもない文章をバタ足なしで書けてるのなら、それはもはや普通のサラリーマンのおじさんではありません。普通っぽいのに、普通じゃない。真似できそうなのに、真似できない。そこに氏の凄さがあるんだと思っています。

 

この本の中で、一番印象に残った言葉。

弱いのは、自分だけじゃないということ、これだけは忘れないでほしい。みんな弱いのだ。強く見える人は、戦い方を知っていて、戦いに慣れているだけなのだ。みんな、自分なりの戦い方や抗い方を見つけてなんとか毎日を勝ったり、負けたりしながら生きている。だから、今、この瞬間、厳しい状況にいる人たちも悲観はしても絶望する必要はまったくない。

 

誰もがスーパーヒーローになるわけではない。でも誰もが自分で自分を守る自分だけのスーパーヒーローにはなれる。そして客観的には負けであっても、心の星取表には金星を付け続けよう。負けは認めなければ負けにならない。それでいい。自分の人生にジャッジを下せるのは自分だけなのだから。1度きりの人生、自分だけのヒーローになってしぶとく生き抜こう。

 

言葉と言いながら文章を抜粋し、しかも一番といいながら二つも挙げる暴挙。いつものフミコフミオ節の本編エッセイを読み、この少し熱い最後のあとがきを読み終えると、まあいろいろあるけど、よし、もう少し頑張ってみようかと思えるのです。

 

せめて自分は自分の味方でいよう。自分だけは、自分のブログのファンでいよう。そして仕事も家庭もブログも、自分らしくぼちぼち頑張っていこう。そう思わせてくれた本でした。痴的なおじ様を背後霊にしてみたい方。ぜひ一度お試しあれ。


 

 

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