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ぞうブロ

サラリーマンエンジニア象の、本格エッセイという名の妄想寝言。

平成の免停の記憶。免許取消が免停180日に。安全運転を心から誓う。

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平成最後の日曜日。免許更新で門真の運転試験場に来てました。令和祭りで激込みを予想してたが、思ったよりスムーズだった。さすが百戦錬磨の門真運転試験場だ。

ここには何度も訪れたが、一番の思い出は、昔、高速での速度違反をオービスに撮られ、半年間の免許停止をくらったときだ。

 

今思っても、恐ろしく危険で馬鹿なことをした。恥ずかしく情けない話ですが、同じようなことが起こらないよう、自戒を込めて。そして、もし同じ立場で不安な人がいれば、参考になれば幸いです。

 

 

きっかけはスピード違反2回。-12+(-3)=-15点。

あれは独身時代。当時はまだ彼女だった嫁と、大阪・愛知で遠距離恋愛してたとき。週末夜、彼女の家に向かうため、名阪国道を飛ばしていた。なぜか忘れたけど、急いでいた。夜中だったのでオービスのことは頭になかった。何度も通る道なので、慢心があった。何か光った気がしたが、気づかなかった。

 

その代償は大きかった。1ヶ月後、ハガキが届いた。◯月◯日、名阪国道のどこそこで、お前は57km/hオーバーのスピード違反を犯した。オービスが証拠だ。近所の警察にとりあえず出頭せよ。

ネットで調べると、マイナス-12点の一発免停だった。血の気が引いた。

 

しかも私は、ハガキが来る1ヶ月の間に、あろうことか他のスピード違反も犯していた。当時は今以上に、頭がおかしかったのだろう。その時も高速で、覆面に止められ、-3点、25000円(だっけ?)の罰金。

合計-15点。もし合計点数でカウントされるなら。それは免許取消を意味していた。

 

※免停、免取になる違反点数はコチラ

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https://得する情報.com/%E9%81%93%E8%B7%AF%E4%BA%A4%E9%80%9A%E6%B3%952018%E5%85%8D%E5%81%9C%E5%85%8D%E5%8F%96%E3%82%8A%E7%82%B9%E6%95%B0%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%82%81.html 

※免停の詳細はコチラ

【免停】免許停止になる違反点数と停止期間・講習の内容 総まとめ | カーナリズム

 

警察に出頭。罰金8万円よりも恐ろしいこと。

後悔先に立たずだった。

近所の警察署に出頭。簡易的だけど、調書を取られた。

「あなたは◯月◯日、名阪国道のどこそこで、57km/hのスピード違反をしました。証拠はこの写真です。間違いありませんか?」

「…はい、間違いありません」

オービスの写真には、くっきりと私の顔と車のナンバーが写っていた。日本の警察と技術は凄い。これは逃げられん。変な話、私は感心してしまった。

 

「なぜこんなにスピードを出してたのですか?急いでた?」

「はい…愛知の彼女に会いに行く途中でした…」

「そうか…まあ色々あるけど、スピード出しすぎたね。カメラには気付かなかったの?」

「はい…夜中だったので…すみません」

取調の警察官は優しい人だった。同時に思った。ああ、俺は今、巷で言う容疑者になってるってことなのかな。ショックだった。

 

その一ヶ月後。裁判所へ出廷し、反則金を納付。金額は8万円だった。痛かった。しかし金額よりも、この先どうなってしまうのかが心配だった。-12点だけ(免許停止)なのか、合わせ技で-15点(免許取消)なのか。もし免許が取り消されたら、また教習所通いからか。行く時間も金もない。社会的信用は吹っ飛ぶ。どうしよう。そればかり考えていた。

 

免停か、免取か。審判の日。 

それから一ヶ月位後。免停か免取かが決定する日がやってきた。運転試験場で、略式裁判(?)を受けたのだ。私はいわば容疑者から被告になった。被告は、私と合わせて計五人。対峙するのは、警察?裁判官?が三人。集団面接みたいだった。

 

一人ひとり、罪状が読み上げられた。私は速度超過二件。最も恐れていた-15点免許取消コースだ。他の四人の罪状は速度超過+事故とか、色々だった。-20点を超えてる人もいた。事故を起こしておきながら相手にも非があるだろと堂々と主張する輩もいた。私は心の中で、自分のことは棚に上げ、とんでもない悪人共だと思った。外国人の人もいた。みんな普通の兄ちゃんに見えるのに、分からんもんだなと思った。

 

免許取消は辛いが、してしまったことには責任を取らないといけない。

ひとしきり罪を認めたあと、最後に何か言いたいことはありますかと聞かれ、あろうことか私はこう言った。

「オービスの件からハガキが来るまで、一ヶ月以上もかかってるのはなぜですか?」

すると面接官の人は真顔で返した。

「あなたは、ハガキが来るのが遅かったせいでもう一つのスピード違反をしたと、そう言いたいのですか?」

私は答えた。

「はい、そうです」

ヤケクソだった。見苦しいことこの上なく、裁判官の心象は最悪だった。

 

ダメだ。完璧に免許取消だろう。罪がさらに重くなったかもしれない。きっと市中引き回しの上打首獄門、晒し首だ。「判決」が出るまでの待ち時間は、本当に気が重かった。

 

どれくらい待っただろう。判決が言い渡された。その場にいた5人とも、180日間の免許停止だった。免許取消でも打首獄門でもなかった。要は罪を軽減してくれたのだ。初犯だからか。反省の色が見られたからか。理由は分からない。

 

とにかく、免許取消じゃなくて、本当に助かった。心の底から面接官たちに感謝した。日本の司法は被害者に厳しく加害者に甘いのが嫌いだったが、この時ばかりはその温情にあやかった。火に油を注ぐようなことを言ってすみませんでした。

これらは全て平日だったので、会社は何日か休まざるを得なかった。だけどこれで終わりだ。

 

そして免許復活。

かくして免許は停止、つまり一時的に没収され、180日間、車なしの生活を余儀なくされた。仕事に支障がなかったのが、不幸中の幸いだった。

 

途中、平日丸2日間の講習を受ければ、180日が120日に軽減されるとのことだった。 しかし、どうしても平日は休めず、しかも講習費用も3万近くと高かった。なので私はそれを受けず、180日耐えることを選んだ。

独身最後の半年。車で悪いことをしなくて済んだのでよかった、何より、事故らなくてよかった、そう思うしかなかった。

 

車のない不便さを死ぬほど痛感し、過去の愚行を死ぬほど反省し、それから半年後。私は万感の思いで、門真運転試験場を訪れた。免許を返納してもらうとき、窓口のおじさんに言われた。

 

「はい、お待ちかねの免許ですよ。半年間、よく頑張ったね。大切にね」

 

おじさぁん!!ありがとう!!ぼく、絶対安全運転するよぅ!!

と涙ながらに抱擁した。訳ではなく、ありがとうございます。と淡々と免許を頂いた。

しかし、本当に嬉しく、救われる言葉だった。正直涙が出そうだった。身が引き締まった。

 

やっと車を運転できる。半年ぶりの運転は、嬉しさよりも緊張がはるかに上回った。パトカーやオービスを見ると、さすがに動揺した。

 

このカード一枚がないだけで、どれほど大変で面倒だったか。

否。今となっては、いい教訓だ。事故を起こさなくて、本当に本当によかった。当時の私は、レッドゾーンギリギリのところにいて、いつ大事故を起こしても不思議ではなかったのだ。

次は本当に無いよという、神様からのイエローカードだと思った。

 

おわりに。安全運転超大事。年取ってボケる前に免許を返納しよう。

 

あれから私は、超安全運転だ。スピード違反なんてもちろんしない。

でも先日、Uターン禁止の場所で間違ってUターンしてしまい、青切符を切られたけど。あんな所にパトカーが待ち伏せてるなんて…いえなんでもありません。全部私が悪いです申し訳ございませんでした。

 

そして先日更新した免許。

免許の有効期間には、「2022年(平成34年)◯月◯日まで有効」と書かれていた。

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令和じゃないのか。少しがっかりしたが、平成34年は存在しない。今となっては貴重かもしれない。

2時間の違反者講習すら楽しんで聞けた。講師のおじいさんの話が面白かったから。改めて、免許を持てる幸せを噛み締めた。

 

平成も令和も関係ない。死ぬまで安全運転をし続けようと思います。

すみません間違えました。死ぬ前、ボケる前、人様に迷惑をかける前に、さっさと免許を返納し、車の運転をやめます。

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