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ぞうブロ

サラリーマンエンジニア象の、本格エッセイという名の妄想寝言。

山の事故で亡くなった親友M君との想い出を書き記します。

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親友の一人だったM君が、北アルプスで亡くなって、もう8年になる。

 

Mと出会ったのは、中1のとき。同じクラスで、同じ柔道部。そして二人とも、北斗の拳とX JAPANが大好きな、陽キャに憧れる陰キャ。私たちは、すぐに仲良くなった。 

高1のとき。X好きが高じて、Mはギターを始めた。私はピアノ。HIDEとYOSHIKIの気分だった。ほどなく私は挫折。しかし彼はめげなかった。持ち前のガッツと根性でギターをマスターした。

 

そして迎えた音楽の授業での発表会。Mは、他のイケてる男子と一緒に、GLAYの「BELOVED」、そしてX JAPANの「Silent Jealousy」を演奏した。オーディエンスのテンションは爆発。Mたちは幾人もの女子のハートを、わしづかみにした。私もわしづかみにされた。カッコよすぎるぞM。陰の者が壁を突き破り陽の者に変身する歴史的瞬間を、目の当たりにした。

その同じ音楽発表会で、私は、陰キャの吹き溜まりのグループに入り、リコーダーでビートルズの「オブラディオブラダ」藤井フミヤの「Another Orion」を熱演。

緊張で手と笛の音色が震えた。静まり返るオーディエンス。ベストは尽くした。

その直後、Mには彼女が出来た。私は、そのままだった。

 

その頃、私たちは、京大の学祭に行った。田舎で勉強漬けの私たちには、自由な雰囲気が輝いて見えた。私たちは、第一志望を京都大学にしようと、誓い合った。途方も無い目標だった。

高2になり、彼は文系へ、私は理系へ。もう一人の医学部志望の友人Sと、いつも三人一緒だった。休日は図書館で勉強するふりをして、荷物を置いて近くの川べでほか弁を食べ、水切りをした。帰りに駄菓子屋やゲーセンに寄るのが、数少ない楽しみだった。何を話してても楽しかった。

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Hide e Yoshiki | X Japan in 2019 | Hidden love, Gackt, Japan

 

そんな高2の冬。図書館でよく見かける一学年下の女の子に、Sが一目ぼれした。しかしその女の子は私を好きになった。私は悩んだ挙句、その女の子と付き合った。当時はモテ期だったが、今とは違って全く女の子と話せなかった私は、付き合って2週間で見事にフラれた。

 

1998年。X JAPANのHIDEがあの世に旅立ってしまって間もないある日。ギクシャクを解消したかった私たちは、スカッとしたかったのとネタほしさで、放課後の教室で、断髪式を敢行した。遠巻きに怪訝そうに見つめる女子を尻目に、SやM含む多数の男子に、バリカンで頭を刈り上げてもらい、出家は完了した。

 

その坊主頭のように万事丸く収まった…わけではなく、その後も私とSはギクシャクし、いろんなことが重なり、ついに絶交してしまった。私にもSにも非があった。今となってはどうでもいい事だけど、当時私たちは、あまりにも若かった。

私は孤立し、センター試験で惨敗。京大が絶望的になり、鬱になり、絶望の淵にいたとき。最寄り駅の階段だっただろうか、同じようにセンター試験で爆死したMは、私の目をしっかりと見て、こう言ってくれた。

「俺は全部分かってるから。大丈夫だから。」

あの一言に、当時の脆い私は、どれだけ救われただろう。

 

結局、Mは現役で一橋大学に合格し、花の都大東京へ。絶交したSも、現役で某公立医学部に合格。

私は浪人することに。抑鬱病と偏頭痛に悩まされながら、一年遅れて、ようやく大学生になれた。

 

その年の夏、私はMと再会した。Mはボート部に入部し、敬愛する北斗の拳のラオウのごとく、筋肉隆々になっていた。私たちは難波で飲み、何を血迷ったか、終電で奈良の母校へ向かった。

懐かしい田舎。母校の最寄り駅。真っ暗な吉野川の川辺に、二人坐る。

あの子は、あいつは、いま何してるのかな。お互い、好きやった女の子に告ろうぜ。そんな馬鹿話で散々盛り上がり、私たちは夜遅くまで語り合った。

 

そして夜中3時ごろ、私たちは10km離れた地元の駅へ、歩いて戻ることに。2時間ほど歩き、駅に着いた。夜が明けていたが、これまた何を思ったか、私たちは始発の高野山行きの電車に飛び乗った。乗客は私達2人だけだった。一時間ほど電車に揺られ高野山に着き、神聖な空気を一瞬だけ吸い、トンボ帰りした。帰りの電車では、二人とも爆睡だった。

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gdgdっとチラシの裏blog 今更でも「激闘の章」見てみた

 

大学3年のとき、今度は東京でMと再会した。

奇遇なことに、私の弟も、Mと同じく一橋大に入り、ボート部に入部。私の弟ということで、Mが熱烈勧誘したらしい。Mの噂は、弟を通じて、よく聞いていた。かなりぶっ飛んだ人だというのも。

 

「夜中1時に、どこそこのコンビニで待ち合わせよう」その通り待っていると、暗闇の向こうから、上半身裸でミニーマウスの耳と手袋を付けた筋肉ムキムキの不審者が、満面の笑みで近づいてきた。まさかMじゃないよな。頼むから素通りしてくれ。そんな私の心配を吹き飛ばすかのように、彼は叫んだ。「お~~、zohbey~~!」

店中の視線を一身に浴び、私は引いた。東京は人をここまで変えてしまうのかと震えた。しかし間もなく、私たちは再会を喜び、肩を組み、真夜中の国立を闊歩した。


 

 

その後、彼の下宿で朝まで話し込んだ。彼は上半身裸でミニーちゃんの耳を付けたまま、Sのことや将来のことを、大いに語った。「Sもきっと、分かってくれてるよ。また3人で遊ぼうや。」そんなことも言ってくれた。

 

何に対しても真面目で、熱くまっすぐ、そして優しい男なのは、昔と変わっていなかった。カッコはふざけていたけどね。

 

その後、Mは某メガバンクに就職。ほどなく結婚したと聞いた。京大の大学院を中退して愛知の部品メーカーでライン作業員をしていた私には、彼が眩しい世界の住人に見えた。

 

たしか28,9のときだったか。X JAPANが、10年ぶりに奇跡の再結成を果たした頃。高校の同窓会をしたことがある。なぜかは忘れたけど、私は男側の幹事だった。もちろんMも来てくれた。私と会うためじゃなく、女側の幹事の子が、Mの初恋の人だったから、なのかもしれない。私とMは、当時好きだった女の子の暴露合戦をして、ずっと話し込んでいた。

 

それから数年後、2011年の元旦。早朝、Mからの電話で起こされた。

「あけましておめでとう!今から昔みたいに、高野山に行こうぜ!」元旦早朝から、いつも通りのハイテンションだ。 「また、あの時みたいに、馬鹿やろうや!」

彼がどんな気持ちで、そう言ったのかは分からない。しかし私はあろうことか、その提案を断ってしまった。元旦はさすがにきついなあ。そんな大人になってしまっていた。

「すまんなぁ今日は無理や~。でもまた、始発で行こうぜ高野山!」

「おう!行くぞ!」

それが、Mとの最後の会話になった。

 

それから半年後。共通の友人からの電話。

「あのな、Mがな、亡くなってん」

私は、何を言われたのか、理解できなかった。

彼は、北アルプスで滑落し、帰らぬ人となった。

 

◆唐松岳で転落の男性、遺体で収容(2011/8/03信毎)

 大町署は1日、北アルプス唐松岳山頂近くから7月28日に転落した東京都江戸川区の銀行員向井誠さん(31)の遺体を県警ヘリコプタ-で収容したと発表した。

スクラップ遭難事故記事

 

彼の葬式で、東京に向かった。途中、「人違いだったらすみませんが…」と声をかけられた。高校時代、絶交してしまったSだった。

まさかこんな形で、Sと10数年ぶりに再会するなんて。彼はお医者さんになっていた。Sと私は、ぎこちない会話を交わしながら、会場に向かった。

 

Mの遺影があった。それを見ても、まだ現実感がなかった。憔悴しきったMのご両親、妹さん、そしてMの奥さんがいた。Mそっくりのくせ毛の幼い男の子もいた。奥さんのおなかには、二人目の命が宿っていたそうだ。

胸が締め付けられ、ただただ、苦しくなった。悲しくなった。

なぜ。どうして。よりによって、あのMが。

 

Mのご両親と話した。はっきり言葉は憶えていないが、お父さんが言った。

「彼はいつも、全力でした。今思うと、生き急いどったのかもしれません」

悲しいが、その通りだと思った。

 

地元の大阪で行われた四十九日の法要にも参列した。お父さんは気丈に振る舞っていた。妹さんにも「写真でいつも一緒に写ってた人ですね」と声をかけられた。

お母さんと奥さんの姿はなかった。お気持ちを想像するだけで、悲しく辛かった。

 

人生が素晴らしいものかどうかは、時間だけではなく密度でも決まる。Mのジェットコースターのような人生は、とんでもなく濃密な素晴らしいものだった。だからこそ、もっと長生きして欲しかった。話したいこと、一緒にやりたいことが、山ほどあった。

 

Mの墓には、一度だけ行ったことがある。大阪の地元、広大な敷地の一角に、彼は眠っている。

彼と昔よく飲んだ(気がする)缶コーヒーをお供えしてきた。私は一人、彼の墓石と無言で対峙した。これまでのこと、話したかったことを、心の声で彼に伝えた。

 

それから私は、転職し、結婚し、子供ができ、家を買った。奇しくも、新居はMの墓地のある町の隣町だ。

何かの縁だろうか。久々にお墓参りに行ける日が来るといいな。 

 

 
X Japan Without You

 

Without You - Unplugged-歌詞-X JAPAN-KKBOX

M、S、そして私が大好きだったX JAPANのこの曲を聴くたび、Mを思い出す。

たしかに、Mはこの世を去ってしまった。

あの日果たせなかった約束。始発で高野山に行くことも、S含めた三人でもう一度会うことも、叶わなかった。

だけど、彼は私やS、みんなの心の中に、これからも生き続ける。

 

40手前にさしかかり、漢字や英語など、物忘れが激しくなってきた昨今。

彼の記憶までもが薄れて消えてしまわないようにするため、そして彼はこんなにも素晴らしい男だったんだと伝えるため、改めて文字に起こしました。

辛いとき、しんどいとき。心の片隅にいるMのことを、ふと思い出すことがあります。誰よりも熱くまっすぐで、もっと生きたかったであろう彼の分まで、頑張らないといけない。

そんな風に自分を鼓舞するのに、勝手にMを使わせてもらってます。相変わらず繊細やな。きっと彼なら、そう言って笑って許してくれるよね。

ありがとう向井君。これからもよろしくな。

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